東京国際映画祭『心の棘』
2010.11.01『心の棘』(原題: “Thorn in the heart” )
監督:ミシェル・ゴンドリー/2009年製作/フランス
ミシェル・ゴンドリー待望の新作は、それまでのファンタジックな作風とは打って変わって、ドキュメンタリー映画だ。しかもその撮影対象は、過去に教師を務めたゴンドリーの叔母・スゼット82歳。“非現実描写を得意とするゴンドリーがドキュメンタリー、しかも撮影対象は身内?!” とあって、ゴンドリーがどこまで冷静に現実的な眼(まなこ)で被写体と作品全体を見つめられているかもポイントとなってくる本作。
当初は叔母とその教え子たちを中心に構成されるはずだったものの、教え子の中に叔母の息子(ゴンドリーにとっては “いとこ” )が含まれていたことから、テーマは徐々に彼ら2人の関係性へとシフトしていく。ドキュメンタリーの醍醐味こそ、こうした良い意味でのアクシデントの発生だ。撮影前に描いた構成なんて物の見事に吹っ飛ばされてしまうほど、“事実は小説より奇なり” と言える。という訳で、本編では教え子のもとを訪れる叔母・スゼットの姿と、撮影していくうちに判明し出したその息子と叔母との葛藤を描がく。ところどころではいつものゴンドリーらしい映像魔術も降りかかっており、ドキュメンタリーに写る人々も観客も心温まる作りに。
劇中において叔母は多くの教え子と再会し、その都度彼らは叔母との思い出を語る。一番最後の教え子ですら、その再会までには数十年が過ぎている。しかし彼らは、彼女から教えられた歌まで歌って披露するほど、鮮明な記憶を保っていた。まさに教師の鑑として、その職業そのものがもたらす “社会貢献” の素晴らしさを背中で語ってくれるスゼット。そんな彼女を踏まえて本作を振り返った時、ふと考えてしまうのは、本作の撮影に踏み切ったゴンドリーの意図。
誰かの人生を写して後生に遺す行為とは、教師という仕事を通して得られる感覚に近いのかもしれない。つまり映像作家にとって、ドキュメンタリーを撮影することは最も実感の沸く “社会貢献” 。“ゴンドリーがドキュメンタリー” という想像外の展開から導き出せたのは、そんな無償の愛だった。それは、始終途切れることなく本編に映し出されるゴンドリーの、叔母を見つめる優しい眼差しからも覗える。
(小菅智和)
東京国際映画祭|心の棘
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