音楽と人.JP

  • TOP
  • 音楽と人
  • QLAP!
  • BEST STAGE

「もっと迫ってこい!」――そんな叫びが聴こえる矢沢永吉のドキュメント映画『E.YAZAWA ROCK』

青木 優の「ゆうゆう白書ん大魔王をもう一度」

ドキュメンタリーとしては物足りない。しかしさすがはE.YAZAWA! そんな映画だ。

この夏、サマーソニックと北海道のライジングサンに出演する矢沢永吉の映画『E.YAZAWA ROCK』(2009年秋公開)のDVDとBlu-rayが発売された。2007年に日本武道館で通算100回公演を達成した時期の姿を捉えたドキュメント作品である。迫力のライヴ・シーンはもちろんのこと、トレーニングやリハーサルに燃える永ちゃんの姿は見る者すべてを引きこむに違いない。また、30年前の楽屋でのミーティングやレコーディングで渡米した当時の映像もお宝度が高い。

ただ、僕個人はこの映画、ちょっと期待外れだった。というのは、こんなふうに熱い永ちゃん、饒舌で完全主義の永ちゃんの姿は、今までにもさんざん見てきたからである。

監督は、かつての永ちゃんを追った映画『RUN & RUN』(1980年公開)を制作した増田久雄氏。ギターウルフのセイジさんも大きく影響を受けたと公言する『RUN & RUN』は、E.YAZAWAの成功物語といえる自伝本『成りあがり』(1978年出版)を受けて作られたドキュメンタリーだった。そしてこの30年の間には『成りあがり』と『RUN & RUN』に触発された映像マンたちが幾多の永ちゃんの映像を撮ってきたのだ。それらはNHKをはじめとしたテレビ番組の数々になったり、ビデオになったりもした。その中で彼はつねに熱く、つねにチャーミングな表情と立ち居振る舞いと見せ、つねに情熱を鼓舞する発言を残してきた。そういえば去年の本誌の取材でスガ シカオがNHKの番組を観て「俺なんて永ちゃんの、たぶん半分も努力してない」と語っていたものだ。そのぐらい永ちゃんは圧倒的なのである。

映画『E.YAZAWA ROCK』は、還暦に達しようとする中でも依然チャレンジを続ける永ちゃんの姿をしっかりと映し出している。ただし、それは多くのファンがすでに知っている姿を再確認するようなもので、あまりに新鮮味に乏しい。

しかしそんな中でも目をひかれた場面がある。それは映画の後半、永ちゃんが増田監督のインタビューを受けるという、全体の構成を思うとやや唐突に思えるシーンだ。実はこの映画は、武道館100回公演から間を置かず、翌2008年の公開を予定していたとのこと。ところがラフ映像を観た永ちゃん本人が「これじゃまだ自分を出しきってない、さらけ出してないから、もう1年延ばしてくれ」と監督に進言したのだそうだ。そう、この映画に不十分さを感じていたのは、誰よりも永ちゃん本人だったのである。

だからなのか、永ちゃん自身があらためて時間を作って臨んだというこのインタビュー場面は、彼のほうが前のめりで、もっと話したがっている印象を受ける。おそらく永ちゃんは監督に「矢沢の今を捉えた映画がこんなんじゃ物足りないよ」「もっとこっち!カモン!」と言いたかったのではないだろうか。

残念ながらここの対話は映画の流れの大勢を変えるほどには、まったく至ってない(監督、もっと突っ込まないと!)。だけどこの彼の姿勢そのものに「さすが永ちゃん!」と僕は思ったのである。映画の中では、舞台監督以上にコンサートの演出の細部に指示を出し、出来上がりをチェックする永ちゃんの姿も見られるが、彼はその厳しい視線をこの映画にも向けたのだ。

30年以上も永ちゃんが日本の音楽シーンでサヴァイヴし、今なお健在である背景には、こうした高い自己プロデュース力があるからだ。この映画は、その概要は捉えていても、真髄に迫るはるか手前で収束している。ただ、先ほどのエピソードを生んだ、永ちゃん自身がこの映画に高いものを要求したという事実は、非常に大きいことだ。もし今後永ちゃんに近づこうとする映像マンがいるなら、自伝第2弾の『アー・ユー・ハッピー?』(2001年出版)レベルの生身の彼に、ぜひとも迫ってほしいと懇願する。(青木 優)

アーカイブ
編集スタッフ

金光裕史

樋口靖幸

平林道子

竹内陽香

小高朋子